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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)7080号 判決 1979年4月10日

原告(反訴被告)

井阪義忠

被告(反訴原告)

清水薫

主文

被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、一四六万〇二〇四円およびうち七六万〇二〇四円に対する昭和四八年三月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

反訴原告(被告)の請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じて、これを一〇分し、その六を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の各負担とする。

この判決は原告(反訴被告)勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告。以下、被告という。)は原告(反訴被告。以下、原告という。)に対し、二二七〇万三〇三四円およびうち二一九五万三〇三四円に対する昭和四八年三月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は被告に対し、七一万五〇〇〇円およびこれに対する昭和四八年三月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 事故の発生

(一) 日時 昭和四八年三月三〇日午後五時五〇分頃

(二) 場所 大阪府寝屋川市木田六六一番地先路上(府道八尾枚方線、以下、本件事故現場という。)

(三) 事故車 普通乗用自動車(登録番号大阪五五ひ三二三六号、以下、被告車という。)

(四) 右運転者 被告

(五) 被害者 原告(当時三〇歳)

(六) 態様 原告が普通貨物自動車(以下、原告車という。)を運転し、本件事故現場の道路を北から南へ進行中、道路西側の北行車線に出て、先行車二台を追越したのち自車線(南行車線)内に戻つたところで、折から先行車を追越そうとして中央線を越えて対面進行してきた被告運転の被告車を衝突された。

2 責任原因

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、被告車を所有しこれを自己のために運行の用に供していた。

(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告は、前方を確認しないまま対向車線内に進入し、追越しをかけたものであつて、速度違反、前方不注視、追越方法不適当、通行区分帯無視およびハンドル、ブレーキ操作不適当の過失により、右交通事故(以下、本件事故という。)を発生させた。

3 損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷 骨盤骨骨折、右足関節骨折、額鼻挫創等

(2) 入院 本件事故当日より一三五日間

通院 昭和四八年一一月一六日から昭和五一年一二月三〇日まで九〇〇日間

(3) 後遺症 後遺障害等級九級に該当する後遺症が残存

症状固定日 昭和五一年一二月末日

(二) 治療関係費

(1) 治療費 二一六万三二六九円

安井病院および警察病院関係 一八〇万六八二二円

柴田整復院関係 三五万六四四七円

(2) 入院雑費 六万七五〇〇円

入院中一日五〇〇円の割合による一三五日分

(3) 入院付添費 三三万二〇〇〇円

(4) 通院交通費 三〇万六〇〇〇円

一日三四〇円の割合による九〇〇日分

(三) 逸失利益

(1) 休業損害 五八五万一二〇〇円

年齢 事故当時三〇歳

職業 自家営業

収入 事故当時の月収一二万一九〇〇円(昭和四八年度賃金センサスによる平均賃金)以上

休業期間 本件事故当日より四年間

計算式 一二万一九〇〇×一二×四=五八五万一二〇〇

(2) 将来の逸失利益 一四四一万五〇六五円

労働能力喪失率 三五%

就労可能年数 治療打切日より三四年間

収入 治療打切当時年収二一三万七四〇〇円(昭和四九年度賃金センサスによる平均賃金、一三万九〇〇〇×一二+四六万九四〇〇)以上

計算式 二一三万七四〇〇×〇・三五×一九・一八三=一四四一万五〇六五

(四) 慰藉料 四六一万円

傷害慰藉料 二〇〇万円

後遺症慰藉料 二六一万円

(五) 物損 三二万五〇〇〇円

車両損失 二九万円

本件事故の少し前に二九万円で購入した原告車(中古車)を廃車せざるを得なかつたことによる損害

事故処理費 三万五〇〇〇円

(六) 弁護士費用 一〇〇万円

4 損害の填補

原告は次のとおり合計六三六万七〇〇〇円の支払を受けた。

(一) 自賠責保険から 一三一万円

(二) 被告から 五〇五万七〇〇〇円

5 結論

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし、弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

二  請求原因に対する認定

1 請求原因1項の(一)ないし(五)は認め、(六)は否認する。

2 同2項の(一)は認め、(二)は否認する。

3 同3項はすべて知らない。

4 同4項は認める。

三  抗弁

1 免責

本件事故は原告の一方的過失によつて発生したものであり、被告には何らの過失もない。すなわち、本件事故は、被告が被告車を運転し本件事故現場を時速約三五キロメートルで南から北に進行中、少し加速して自車の少し前を併進する二トントラツクを追抜いた直後、対面進行してきた原告車が先行する二台の自動車を追越そうとして道路右側(西側)に突如進入してきたため、急制動の措置をとるとともに反射的に右にハンドルを切つたが間に合わず、道路中央付近で原告車と衝突したものである。従つて、本件事故は前方不注視のまま被告車の直前で無理な追越しをしようとした原告の一方的過失によつて生じたものであり、他方本件事故現場の道路には中央線の表示はなかつたが、被告は終始道路中央より左側(西側)を進行していたから、被告には何らの過失もないというべきである。

2 過失相殺

仮に右1の主張が認められないとしても、本件事故の発生については原告にも前記のとおり前方不注視および追越方法不適当の過失があつたから、損害賠償額の算定にあたり斟酌されるべきである。

3 弁済

被告は、原告が自認している分以外に、合計七三五万円を原告に支払つた。

4 相殺

(一) 被告は、後記反訴請求原因記載のとおり、原告に対し本件交通事故によつて生じた合計七一万五〇〇〇円の損害賠償請求権を有している。

(二) 被告は、昭和五三年一二月二五日の本件口頭弁論期日において、右の債権をもつて、原告の損害賠償請求権と対当額において相殺する旨の意思表示をなした。

(三) なお、被告の原告に対する右損害賠償請求権は、本件事故によつて生じたものであるから、このように同一事故によつて生じた損害賠償請求権については、相互に相殺を禁止すべき理由はなく、むしろこれを認めることこそ便宜と公平にもとづく相殺制度の目的に沿うものである。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1、2項はいずれも否認する。

2 同3項のうち、被告が原告に対し六八〇万円を支払つたことは認めるが、その余は争う。

3 同4項の(一)は知らない。

(反訴)

一  請求原因

1 事故の発生と被告の受傷等

被告は、本件事故により前歯一本が折れ、顎を切る傷害を負い、被告車はその前部が大破した。

2 責任原因

一般不法行為責任(民法七〇九条)

原告は、前方不注視および追越方法不適当の過失により本件事故を発生させた。

3 損害

(一) 治療経過

被告は前歯の治療のため福地歯科に二か月間(実治療日数二〇日)、顎の傷害のため安井病院に三日間(実治療日数三日)それぞれ通院した。

(二) 治療費 一〇万円

福地歯科関係 八万円

安井病院関係 二万円

(三) 慰藉料 一五万円

(四) 物損 四〇万円

昭和四七年一月頃購入した被告車(中古車、買入価格四〇万円)を廃車せざるを得なかつたことによる損害

(五) 弁護士費用 六万五〇〇〇円

4 結論

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。)を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、3項は知らない。

2 同2項は否認する。

三  抗弁

仮に被告の反訴請求において主張する損害賠償請求権が認められるとしても、

1 被告は、本件事故当日本件事故の加害者および損害を知つたから、被告の原告に対する損害賠償請求権は、本件事故当日より三年後の昭和五一年三月三〇日の経過をもつて、時効により消滅した。

2 原告は本件訴訟において右消滅時効を援用する。

第三証拠〔略〕

理由

第一本訴について

一  事故の発生およびその状況

請求原因1項の(一)ないし(五)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二五号証、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第一号証、原告、被告各本人尋問の結果(ただし、いずれも後記措信しない部分を除く。)および弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められ、右認定に反する原告、被告各本人尋問の結果は前掲各証拠に照らし措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  本件事故現場は、ほぼ南北に通ずる府道八尾枚方線の巣本交差点から北へ約一五〇〇メートルの地点で、同所は道路と交差して流れるどぶ川の上に架けられた幅員約九メートルの橋(西沖橋)のほぼ中間付近である。

2  付近の道路状況は、右の橋の部分を除き歩車道の区別があり、直線、平担なアスフアルト舗装道路で前方の見通しは良く、車道部分の幅員は約一一メートル(ただし、橋の部分は前記のように道路幅員が約九メートルと狭くなつている。)で、駐車禁止の規制があり、最高速度は時速四〇キロメートルに制限されている。なお事故当時、中央線の表示はなかつたが、アスフアルトのつぎ目によつて道路の中央部分は容易に識別することが可能であつた。

3  被告は、被告車(トヨタカローラスプリンター、一一〇〇CC)を運転し、現場道路を南から北に進行中、右道路の西側部分中央寄り、本件事故現場(衝突地点)の手前約三三・三メートルの地点(甲第二五号証の実況見分調書添付の交通事故現場の概況(三)現場見取図―以下、単に見取図という――<1>地点である。以下、単に<1>地点といい、他の地点についても同様に表示する。)から被告車の前方やや左寄り約八・五メートルの地点(見取図地点)を同一方向に進行中の普通貨物自動車を追越そうとして時速約五〇メートルないしそれ以上の速度で道路中央より右側(東側)に進入したが、<1>地点から約一九メートル進んだ右道路西側部分中央寄りの地点(見取図<2>地点)で、同じく先行車を追越そうとして道路右側(西側)に進入したのち道路左側(東側)に戻ろうとしていた南進中の原告車を自車の左斜め前方約二二メートルの道路中央やや西寄りの地点(見取図<イ>地点)に発見し、直ちに急制動の措置をとるとともに左にハンドルを切つたが間に合わず、約一四・二メートル進行して被告車の車頭左側部分が僅かに道路西側にはみ出した地点(見取図<3>地点)で、被告車の右前部を原告車の右前部に衝突させた。

4  一方、原告は原告車(マツダボンゴ八〇〇キログラム積)を運転し、時速約三五ないし四〇キロメートルで現場道路を北から南に進行中、本件事故現場の手前で時速約三〇キロメートルで進行中の二台の先行車(一台はハイゼツトライトバン、その前の一台はマツダロンパーで、両者の車間距離は約三メートルであつた。)に追いつき、しばらくは約五、六メートルの車間距離をとつてこれに追従していたが、先を急いでいたことからこれら二台の先行車を追越すこととし、原告車をやや右側に寄せたうえ対向車の有無等前方道路の状況を確認したところ、自車前方約一五〇メートルの付近を約一〇台の対向車が接近してくるのが認められた。しかし先頭の対向車までの距離とその進行速度から計算して安全に追越すことができると判断したため、右の方向指示器を点滅させ、時速約四五キロメートルに加速したうえ道路右側(西側)に進入した。ところが、ハイゼツトを追越し、その前方のマツダロンパーと並んだところで、被告車が先行車を追越そうと道路右側(東側)に進入し、対面進行してくるのを自車左斜め前方約六〇メートルの地点に認めたため、一旦は速やかにマツダロンパーの前方に出ようと加速したものの、そのまま進行すると正面衝突の危険があると判断されたことから今度は急制動の措置をとるとともに左にハンドルを切つたが間に合わず、原告車の右前部を被告車の右前部に衝突させた。その時原告車の車頭部分は全部道路東側部分に入つていたが、後尾右側部分は、僅かに道路西側部分に残つていた(その時の原告車の位置は、見取図(ロ)地点である。)。

5  なお、本件事故現場には原告車のスリツプ痕二条(その長さは左右とも約四・四メートル)が道路中央付近から道路左側(東側)に向け斜めに残されており、そのうち左側のスリツプ痕の始点は道路東端より約三・五メートルの地点であり、衝突地点の中心は道路東端より西に約三・七メートルのところ(道路中央より東に約〇・八メートルの地点)であつた。

二  責任原因

請求原因2項の(一)は当事者に争いがなく、前記一で認定した本件事故の状況からすると、以下に述べるように、被告には前方不注視のまま無理な追越をした過去があり、本件事故は被告の右過失によつて発生したことが明らかであるから、被告には自賠法三条に基づき後記三の2ないし4の損害を、民法七〇九条に基づき後記三の5の損害をそれぞれ賠償すべき責任がある。

すなわち、前記認定の事故状況によれば、被告が<1>地点で道路右側(東側)に被告車を進入させようとした時点では、既に前記マツダロンパーとその右側(西側)を並進中の原告車が、被告車の前方(北方)約六〇メートルの地点まで接近していたことになるから、被告において前方を注視しておれば、容易にこれを発見することができたと考えられる。ところが、被告は原告車が約二二メートルに接近するまで全くこれに気付いていなかつたものであるから、被告には前方不注視の過失があつたことは明らかである。また、<1>地点の被告車とその際の原告車およびマツダロンパーの位置関係および相互の進行速度からすれば、被告車は、その速度を時速約五〇キロメートルとみた場合には、約二・二秒後に原告車と、約二・七秒後にマツダロンパーとそれぞれ離合しなければならないことになるが、右の時間内では、被告車が約八・五メートル前方を進行していた前記貨物自動車を追越すことは不可能であつたと考えられる。すなわち、右貨物自動車の進行速度については、被告は時速約三五キロメートルと供述し、一方原告は時速約四〇ないし五〇キロメートルと供述しているのみであつて、証拠上必ずしもこれを確定しえないが、今仮に時速約三五キロメートルとしても、被告車の同車に対する相対速度は時速一五キロメートルを超えることはないから、前記二・二ないし二・七秒間には、被告車は先行車に対し約九・一ないし一一・二メートル前進する。すなわち同車の約〇・六ないし二・七メートル前方に到達するに過ぎず、被告車は、速度を時速約五〇キロメートルから相当大幅に加速する(その場合には、短い距離で左転把して道路西側部分に戻ることが困難になる。)のでないかぎり、とうてい追越を完了することはできないことになる。そして、本件事故現場の道路状況および制限速度よりすれば、右貨物自動車の速度は、これより速かつた可能性が強いから、被告の追越行為はまさに無謀なものであつたという外はない。結局、被告は前方不注視のため、対向車が接近しているに気付かないまま無理な追越を開始した過失により本件事故を惹起させたものというべきである。

三  損害

1  受傷および治療経過等

成立に争いのない甲第一ないし第四号証、第一四ないし第一六号証、原本の存在および成立に争いのない甲第二六、第二七号証、第二九号証、第三一号証、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、原告は本件事故のため骨盤骨折、右足関節骨折等の傷害を負い、昭和四八年三月三〇日から五月二六日まで五八日間安井病院に、同年五月二六日から八月一五日まで八二日間大阪警察病院にそれぞれ入院(入院合計日数一三九日)し、さらに同月一六日から昭和五〇年一〇月二〇日までの間大阪警察病院に通院(実治療日数九日)するかたわら、医師の指示により福長整骨院(昭和四八年一〇月一二日から一一月七日までの間一五日)、黒田はりマツサージ治療院(昭和四八年一〇月二四日から一一月一三日までの間一四日)および柴田整復院(昭和四八年一一月一六日から昭和五〇年一月三一日までの間二七五日)においてマツサージ治療を受けたこと、しかしながら、原告には自賠法施行令別表後遺障害等級表の九級に該当する右股関節運動制限の後遺症が残存し、右症状は昭和五〇年一〇月二〇日頃固定したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  治療関係費 一九八万一八四二円

(一) 治療費 一五〇万一七二二円

前掲甲第一四ないし第一六号証成立に争いのない甲第一一ないし第一三号証、原本の存在および成立に争いのない甲第二八号証、第三〇号証、第三二号証および弁論の全趣旨によると、原告は右入、通院のため次のように合計一五〇万一七二二円の治療費を必要としたことが認められる。

安井病院関係 六二万二三六〇円

警察病院関係 六〇万三四六二円

福長整骨院関係 一万六五〇〇円

黒田はり、マツサージ治療院関係 一万二五〇〇円

柴田整復院関係 二四万六九〇〇円

なお、原告は後遺症固定日以後のマツサージ治療に要した費用をも本件事故によつて生じた損害として被告にその支払を請求しているが、症状固定後の治療費については、症状の悪化、増悪を防止するため継続治療の必要が存在するなど特段の事情がないかぎり交通事故との間に相当因果関係を認めることはできないと解されるところ、本件においては右治療の必要性、有効性を肯定するに足りる的確な証拠はないから、これをもつて本件事故と相当因果関係ある損害と認めることはできない。

(二) 入院雑費 四万一七〇〇円

原告が合計一三九日間入院したことは前記のとおりであるところ、弁論の全趣旨および経験則によると、原告は右入院期間中一日三〇〇円の割合による合計四万一七〇〇円の入院雑費を要したものと推認される。

(三) 入院付添費 三三万二〇〇〇円

前掲甲第一、第二号証、成立に争いのない乙第三号証の三および弁論の全趣旨によれば、原告は前記入院期間中一〇九日間付添看護を要し、その費用として合計三三万二〇〇〇円を必要としたことが認められる。

(四) 通院交通費 一〇万六四二〇円

弁論の全趣旨によると、原告は前記通院のため一日平均三四〇円の交通費を必要としたことが認められるところ、原告の受傷部位、程度、原告の住居地と前記各病院の所在地を考えると、右は本件事故と相当困果関係のある損害というべきであり、その額は、前記通院日数三一三日分合計一〇万六四二〇円である。

3  逸失利益 一五四六万四八七八円

(一) 休業損害 四三九万三八九三円

原告が本件事故当時満三〇歳であつたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告は当時少なくとも毎年一七一万七一〇〇円(昭和四八年賃金センサスの年齢別男子平均賃金)を下らない収入を得ていたことが認められる。そして、前記認定の傷害の部位、程度、入通院期間および後遺症の内容等に原告本人尋問の結果を総合すると、原告は本件事故により昭和四八年三月三一日から昭和五〇年一〇月二〇日まで九三四日間休業を余儀なくされたことが認められるから、原告はその間合計四三九万三八九三円の収入を失つたことが明らかである。

計算式 一七一万七一〇〇÷三六五×九三四=四三九万三八九三

(二) 将来の逸失利益 一一〇七万〇九八五円

前記認定の後遺障害の部位、程度に前掲甲第二六号証、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すれば、原告は前記後遺障害のためその労働能力を三五%喪失したものと認められるところ、原告の就労可能年数は昭和五〇年一〇月二一日から三一年間と考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると一一〇七万〇九八五円となる。

計算式 一七一万七一〇〇×〇・三五×一八・四二一四=一一〇七万〇九八五

4  慰藉料 三〇〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過および後遺症の内容、程度等諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料は三〇〇万円とするのが相当である。

5  物損 二三万五〇〇〇円

前掲甲第二五号証、原告本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認める甲第二三、第二四号証によると、原告車は原告が事故の約四か月前である昭和四七年一月二二日頃二九万円で購入した中古車であるが、本件事故によりその前部が大破し廃車せざるを得なくなつたこと、原告は本件事故現場から原告車を引取るための費用として三万五〇〇〇円を支出しなければならなかつたことが認められる。右の事実によれば、本件事故当時原告車は少なくとも二〇万円の価値を有していたと評価されるから、結局原告は、本件事故のため、原告車を廃車したことにより二〇万円、その後の事故処理のため三万五〇〇〇円、合計二三万五〇〇〇円の損害を被つたものというべきである。

四  過失相殺

前記一で認定した事故の状況によれば、本件事故の発生については、次に述べるように原告にも過失が認められるから、前記認定の被告の過失内容、衝突地点および衝突に至るまでの原、被告車の各走行状況等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の三割を減ずるのが相当である。

すなわち、原告は前記のとおり、対向車が約一五〇メートル前方まで接近しているのを認めながら時速約三〇キロメートルで進行中の先行車二台を、時速約四五キロメートルで追越そうとしたものであるところ、対向車の進行速度は前述のとおり証拠上必ずしも明確ではないが、今これを時速三五キロメートルとしても、原告車と同車との相対速度は時速約八〇キロメートルとなるから、原告車は追越開姶後約六・七秒で右対向車と離合しなければならないことになる。一方、前記一で認定した事実に原告本人尋問の結果を総合すると、原告車と先頭のマツダロンパーまでは少なくとも約一四、五メートルの距離があつたと認められるうえ、同車の進行速度からすると原告車は少なくとも同車の前方に約一〇メートルの車間距離をおいて追越す必要があつたと考えられるところ、原告車の先行車に対する相対速度は時速約一五キロメートルであつたから、原告車が道路右側(西側)に出てこれら二台の先行車を追越し、先頭のマツダロンパーの前方一〇メートルの地点まで到達するには少なくとも約六秒が必要であり、従つて原告車がそこから道路左側(東側)に戻るには、わずかに〇・七秒程度の時間的余裕しかなかつたことになる。そして、対向車の進行速度は前記のようにこれにより幾分速かつたと考えるのが自然であるから、原告車が追越完了後安全に道路左側(東側)に戻ることができたかどうかはかなり微妙な問題であつたといわざるを得ない。したがつて、原告車が前記マツダロンパーに並進した段階で時速約五〇キロメートルで道路右側(東側)に進入してきた被告車を認めた原告としては事故の発生を防止するため直ちに追越行為を中止すべきであつた。ところが原告は、被告車の接近を認めながら、速やかにマツダロンパーの前方に出て道路左側(東側)に戻れば同車との衝突を避けられると判断し、若干加速したのみで直ちに急制動の措置等事故回避に有効な措置をとらなかつたこと前記認定のとおりであるから、原告の右判断には過誤があり、このような無理な追越行為を続けた原告には、本件事故発生につき過失があつたといわざるを得ない。

そうすると、原告の過失相殺後の損害額は、一四四七万七二〇四円となる。

五  損害の填補

原告が自賠責保険から一三一万円、被告から一一八五万七〇〇〇円の支払いを受けたことはいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三号証の一ないし一〇、第四号証および弁論の全趣旨を総合すると、被告は右の他原告に対し五五万円を超える金員を支払つていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

よつて、原告の前記損害額一四四七万七二〇四円から右填補分一三七一万七〇〇〇円を差引くと、原告の残損害額は七六万〇二〇四円となる。

六  弁護士費用 七〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額、損害の填補はその半額くらいが本件訴訟係属中になされたものであること等に照らすと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は七〇万円とするのが相当である。

七  相殺の抗弁について

被告は、本件事故によつて被告にも合計七一万五〇〇〇円の損害が生じたから、被告は原告に対する右損害賠償債権をもつて原告の損害賠償債権と対当額で相殺する旨主張しているが、民法五〇九条は、本件のように双方の過失に基因する同一交通事故によつて生じた損害賠償債権相互間における相殺をも禁止しているものと解される(最高裁昭和四九年六月二八日第三小法廷判決、民集二八巻五号六六六頁参照)から、右は主張自体失当である。

八  結論

そうすると、被告には、原告に対し、一四六万〇二〇四円およびうち弁護士費用を除く七六万〇二〇四円に対する本件不法行為の日である昭和四八年三月三〇日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわなければならない。

第二反訴について

前記第一の一で認定した事実に被告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、被告は本件事故により前歯一本を折り顎を切る傷害を負いその直後から通院治療を受けたこと、また被告車もその前部を大破し廃車せざるを得なくなつたことが認められる。

しかしながら、右の事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告は本件事故当日事故の内容、程度、事故の相手方が原告であることおよび被告の受傷内容、程度ならびに被告車の破損状況を了知したものと推認され、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、被告は本件事故当日本件事故の損害および加害者を知つたものというべきところ、被告の反訴提起が昭和五三年一一月二一日になされたことは本件記録上明らかであり、被告が原告に対しそれ以前の時点において右損害賠償の請求をしたとの主張、立証のない本件においては、被告の原告に対する右損害賠償請求権は、本件事故当日により三年後の昭和五一年三月三〇日の経過をもつて時効により消滅したものといわなければならないから、これを援用した原告の仮定抗弁は理由がある。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し一四六万〇二〇四円およびうち七六万〇二〇四円に対する昭和四八年三月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認定するが、その余の部分および被告の反訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富澤達 柳澤昇 窪田もとむ)

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